昼休み、中等部にて 「――なにや石見、ほーらあんめい顔して」 「いっ!?」  ひょいと伸びてきた長い腕が石見の手の中にあった生徒手帳を奪った。  慌てて顔を上げるが、こんな真似をする友人は一人だけだ。 「だぁ! 返せ佐渡ッ!」 「彼女の写真でも入っとんのん? ――って、おめえの兄貴か」  言うと同時に鼻で笑う。  生徒手帳に挟まれていたのは、高等部に通う石見の兄の写真だった。  困ったような顔をして、レンズを避けようとしたほんの一瞬を狙い済ましたような写真である。  兄の腕を引いてカメラの方に目線を向けさせている少年は初等部の弟、隠岐だろう。 「か・え・せ!!」  必死で生徒手帳を取り返そうとするのだが、長身の佐渡が更に頭上に掲げてしまっている状態では石見の指先も届かない。 「むつごいなあ、ようやらんわ」 「お前が何ぬかすか!!」  それがいっそう腹立たしく、顔を真っ赤にして叫ぶ石見だったが、佐渡は何処吹く風といった様子である。  石見が言いたくなるのも無理はない。  何かと実兄を構いたがるのは佐渡とて同じことであり、むしろその内容は石見より数段危険だ。  血縁でなかったら犯罪ギリギリのセクハラを新潟に仕掛けては、ブチ切れる長野の反応込みで楽しむ日々である。 「俺は写真なんかいらんわ。会いに行くし」 「……兄貴のクラス、ミイラヤローもおるが」  憮然とした表情で言う石見の、最大の敵は今も昔も鳥取だった。  隣の県ということもあってかやたら馴れ馴れしく兄にちょっかいをかけてくる軽薄な男だ。  どういうわけか、兄も鳥取のことを憎からず思っているらしいのが信じられないことである。  何故か鳥取に懐いている隠岐が、何か吹き込んだとしか思えない。 「目ぇ離すと取られーぞ」 「……山口センセーにゃ、ミイラヤローに手え出させんように頼んどるけえ」 「分からんぞ、山口センセーに取られーかも」 「それならまだ諦め……って!! センセーはそがーなことせんわ!!」  すっかり頭に血が上っているのか、佐渡の揶揄にいとも簡単に反応してしまう。  ――佐渡も、そんな単純な石見の性格を分かっていて遊んでいるわけだが。 「おめえの兄貴もまあまあの顔しとるし――」 「兄貴は学校一の別嬪だって言っちょろーが!」 「……割と可愛げな顔しとるし、押しも弱いし」  兄弟だと言うのに気性も物言いも激しい石見とは真逆の、内気で謙虚な人柄は佐渡も知っている。  だからこそ大事な兄を守ろうと石見も躍起になっているのだ。 「誰に取られてもおかしくねーぞ、なあ?」 「うずろーしいこと言うな!!」  火を噴かんばかりの勢いで石見は言うが、佐渡はあくまでもしれっとした表情を崩さない。  ようやく石見の生徒手帳を返してやりながら、一言。 「ヤっちまえば? どうせこれで抜いとんらっちゃ」 「だ………っ!! おっ、お前と一緒にすんなあああ!!!」  赤面して生徒手帳をひったくり、そのまま教室を飛び出す石見。  ――初心な友人の背中を見送る佐渡の表情は、実に満足げな様子だった。