嗚咽と悲鳴と喘ぎとで出来たせっかくの旋律に、浮ついた罵声と嘲笑が不協和音のように混ざってくる。 冷たい床に押し付けられた側頭から染み込むような痛みもまた、煩わしかった。 薄暗く、かすんだ視界の先で、人影が団子のようになって蠢いている。 「ひ…ぃ、あ、やめろや……ッ」 「やめるわけないだろ?」 少年の――石見の喉から絞り出された必死の制止に、高等部の制服を着た男が非道な言葉を笑って返す。 突っ込んでいない方も、そのやり取りの何がおかしいのか笑い声を上げた。 二人の男に押さえつけられ、石見は抵抗を封じられている。 決して華奢というわけではない伸びやかな手足も、とうに縛り上げられてしまっていた。 一物を抽迭されるたび、かぶりを振って逃れようとする石見を見下ろす二人の表情までは見えない。 そして後ろ手を縛られた佐渡の頭を押さえ込んでいるもう一人も、高等部の制服を着ているのだ。 中坊二人相手に三人がかりとは、呆れてものも言えない。 「ほら、よく見とけよ」 「……絵に描いたような悪人らの」 頭上から降る声にうんざりとした答えを返すと、側頭を押さえつける腕にきしむほどに力が込められる。 それでも無反応を貫いていると、やがて厭きたらしい男はぐいと身をかがめてきた。 「ああいう、無理矢理なのがイイんだろ」 耳元に粘つくような台詞を吐きかけられ、嫌悪感に鳥肌が立ちそうになる。 「……見とるだけでいいわけがねぇっちゃ」 「何、お前もヤりたいの?」 「……げえ、冗談らねぇわ。石見泣かしてもつまらん……はよ離してやれ」 「ははは!お前みたいな奴でもダチの心配とかするわけ?」 頭の悪そうな高笑いが耳に響いて苛々する。 「あのさァ、俺達のダチのツレがお前にヤられたっつーからお礼に来たわけなんだけど」 「はあ?覚えとらん。つうか遠すぎらっちゃ、本人連れてこいや」 「うるせえよ!!」 ガン、という衝撃に一瞬目がくらむ。 男は佐渡の髪を鷲掴み、力任せに床に叩きつけたのだ。 抵抗するつもりもなく……というよりも、何もかも面倒で、そのまま佐渡は押し黙った。 騒いで暴れても馬鹿を見るだけだが、真性の馬鹿に好き勝手されるのはひどく不愉快だ。 ……確かに高等部の何人かに手を出した記憶があるが、正直相手の顔まで覚えてなどいない。 こうまで面倒な相手は引っ掛けたつもりなどなかったのだが、失敗したようだ。 「ひ、ぁ……っ、あ…っ、ぁあ!」 絶え絶えに漏れ聞こえる啜り泣きは、勝気な石見からはついぞ聞いたことの無いものだった。 これも馬鹿だ。己と友人付合いなどしているからこんな目に遭う。 表情も無く噛み締めた奥歯から、鉄の味が滲んできた。 「コイツすっげえ締めてくるぜ!なに、そんなにイイ?」 「…っなん、ぬかす、か…ッあ、くそ…ぁあ…っ!」 必死で悪態をつこうとするも、それさえ混濁する意識の中ではままならないのだろう。 常の調子には涙が混じり、言葉は荒い息で途切れてしまう。 ――いや、その声音に混じっているのは嗚咽ばかりではなかった。 「……おい」 「あァ?何か言ったか?」 「石見に、何したのんや」 明らかにおかしい。あり得ないことだ。 こんな無茶苦茶なセックスだというのに、石見の声にはわずかばかりの色情が滲み始めていた。 痛みや恐怖の中で快楽を感じさせる方法は確かにある。それこそが佐渡の好むところであるのは事実だ。 だからこそ――石見が強いられている状態が、それから程遠いことは分かっていた。 「何って、そりゃ……――あぁ」 佐渡の言葉の意図に男はようやく気付いた様子で、にい、と下卑た笑みを浮かべた。やはり馬鹿だ。 「ちょっと福岡センセーのとこで薬を見つけたもんで、使ってみたんだよ」 「薬にたようとか、よっぽど自分の一物に自信がねぇんらの」 「バーカ、あとでお前に飲ませんだよ!こいつに飲ませたのは実験だ」 お前らを気持ちよくしてやる筋合いはねえし、と嘲笑いながら、男は更に強く佐渡の頭を床に押し込めた。 「でもなあ、ラベルがなんか外国語で読めねーの。もしかしたら飲ませすぎだったりして?」 馬鹿以外の何者でもなかった。 へらへら笑っているその男の顎に一発くれてやりたい衝動にかられるが、馬鹿は馬鹿なりに脳味噌まで筋肉なのだろう。 いくら中等部では際立って上背のある佐渡であっても、手足を固められたままでは抵抗などは不可能だった。 「…ひ、ぁ…っぁ、ああっ、やめ……ッぁ!」 「――ほら、そろそろ頭ン中溶けてんじゃねえ?ちゃんと見とけよ、もう元に戻んねえかもしれねえし」 次はお前の番だからな、と。 心底楽しげに告げられる言葉は、もはや佐渡の耳には入っていなかった。 死んでも治らない馬鹿ならば、どうやって殺してやればいいのだろうかと――それだけが、思考の全てだった。